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浦和地方裁判所 平成5年(行ウ)19号 判決

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告が住宅・都市整備公団に対し別紙物件目録記載の建築物についてした平成四年一一月一三日付けの建築基準法第五九条の二第一項による許可処分を取り消す。

二  被告が公団に対し右建築物についてした平成四年一一月一三日付けの建築基準法施行令第一三一条の二第二項による認定処分を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件は、被告が住宅・都市整備公団(以下、「公団」という。)に対して、桶川駅西口地区に建設する二五階建の高層住宅である別紙物件目録記載の建築物(以下、「本件建築物」という。)についてした公開空地等により容積率制限等を緩和する許可処分及び道路斜線制限を緩和する認定処分について、原告らが、右各処分により、日影、プライバシー侵害等の被害を受けるから右各処分はいずれも所定の要件を欠く違法があるとして、その取消しを求めるものである。

二  本件に関する法制

1  建築基準法(以下、「法」という。)第五二条第一項は、建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合(以下、「容積率」という。)による建築物の規模の制限を用途地域に応じて定めており、商業地域内の建築物の容積率は、同項第四号に掲げられ、当該地域に関する都市計画において定められた割合以下でなければならないと規定されている。

2  法第五九条の二第一項は、いわゆる総合設計制度を定め、その敷地内に政令で定める空地を有し、かつ、その敷地面積が政令で定める規模以上である建築物で、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がなく、かつ、その建築面積の敷地面積に対する割合、延べ面積の敷地面積に対する割合及び各部分の高さについて総合的な配慮がなされていることにより市街地の環境の整備改善に資すると認めて許可したものについては、その許可の範囲内において容積率の制限等を超えることができるものと定めている。

3  法第五六条第一項第一号は、建築物の各部分の高さを前面道路の反対側の境界線までの水平距離に一定の数値を乗じて得た数値以下にすることにより、一定のこう配の斜線の内側になるように制限する旨規定し(以下、「道路斜線制限」という。)、同項第二号は、建築物の各部分の高さにつき、隣地境界線までの水平距離に一定の距離を加えたものに一定の数値を乗じ、これに一定の距離数を加えた数値以下にすることにより、一定のこう配の斜線の内側になるように制限する旨規定し(以下、「隣地斜線制限」という。)、いずれも建築物の各部分に対する高さの制限を定めている。

4  建築基準法施行令(以下、「令」という。)第一三一条の二第二項は、当該建築物の敷地が都市計画において定められた計画道路(ただし、法第四二条第一項第四号に該当するものを除く。)に接する場合等において、特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認める建築物については、当該計画道路を前面道路とみなす旨定め、令第一三五条の三第一項第三号は、右規定により計画道路を前面道路

とみなす場合においては、その計画道路内の隣地境界線はないものとみなす旨定めている。

三  争いのない事実

1  原告らは、いずれも桶川市に居住し、一部本件建築物の北側及び東側に居住して冬至時において日影の影響を受ける者がいるほか、その大多数は本件建築物の北西に位置する公団住宅パークタウン若宮に居住している者である。

2  本件建築物は、地上二五階建の共同住宅であり、商業地域に所在する。その建設計画がなされた当時、右敷地の西北側及び南東側の境界線は市道と接し、西南側の境界線は市の所有地と、東側の境界線は民有地と、東北側の境界線は都市計画道路若宮中央通り線(以下、「本件都市計画道路」という。)と接していた。

3  公団は、本件建築物の建設に当たり、その基準容積率である四〇〇パーセントに公開空地の面積に応じた割増分として一〇八・五五パーセントを加え、合計五〇八・五五パーセントの容積率とするため、平成四年七月三日、被告に対し、法第五九条の二第一項による許可処分の申請をしたところ、被告は、同年一一月一三日付けで右許可をした(以下、「本件許可処分」という。)。

4  また、公団は、本件都市計画道路を本件建築物の前面道路とみなして隣地斜線制限の適用を緩和するため、平成四年八月二五日、被告に対し、令第一三一条の二第二項による認定処分の申請をしたところ、被告は、同年一一月一三日付けで右認定をした(以下、「本件認定処分」といい、本件許可処分と合わせて「本件各処分」という。)。

5  原告らは、平成四年一一月二七日及び平成五年一月八日、埼玉県建築審査会に対し、本件各処分の取消しを求める審査請求をしたが、右各請求の日から三か月を経過しても、同審査会はこれに対する裁決をしなかった。

四  争点

1  原告らは、本件各処分の取消しを求める法律上の利益を有するか否か。

2  本件各処分の適法性。

五  争点についての原告らの主張

1  争点1について

(一) 法第五二条は、その目的が市街地の密度を規制することにあるところ、住宅地の密度は、建築学上、住宅の日照、採光、防火、通風、プライバシー、景観等の諸条件によって決まるから、法律で密度規制を行うことは、すなわち、この諸条件を設定することに他ならない。ところで、法第五九の二の趣旨は、いわゆる総合設計制度について規定し、敷地内に一定以上の空き地を有し、かつその敷地面積の規模が一定以上である建築物で、市街地の整備改善に資する良好な建築計画を有するものの建築を促進させようとするものであるが、要するに、法第五二条が定める右のような密度を規制を緩和するものであって、日照、採光、防火、通風、プライバシー、景観の重大な不利益変更を定めるものである。法第五九条の二によれば、これによる許可につき、「交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がない」との要件が定められているところ、右要件のうち、交通上とは、自動車道等の交通量や駐車施設の収容能力の問題を意味し、安全上とは建築物の構造耐力の問題を、防火上とは火災時の避難、消火活動等の問題を、衛生上とは日照、通風、採光等の問題を、それぞれ意味する。そこで、右規定前記のような趣旨に照らすと、交通上等の右各支障の有無は、当該建物自体についてだけではなく、周辺地域や周辺土地、建物との関係において個別具体的に判定すべきであって、すなわち、右規定は、当該建築物の周辺に居住する住民の交通上、安全上、防火上及び衛生上の個別具体的な利益をも保護するものというべきである。

(二) 令第一三一条の二第二項は、同規定による認定につき、「交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がない」との要件を定めているところ、右要件の意味は右(一)と同様であるから、同項は、当該建物の周辺住民が個別具体的に有する利益を保護するものである。

なお、右規定は法第五六条第一項第二号が定める隣地斜線制限を緩和するものであるところ、同条項第二号は、隣接地の上空を地上から一定の角度で開放することによって、当該建物周辺の日照、採光等を確保することを目的としたものである。そして、このように上空が開放されることによって日照、採光等が確保されるのは隣接地に限られないから、同号によって日照、採光等の保護を受ける住民は、当該建築物の隣接地に居住する者に限定されず、隣地斜線制限が順守されないことによって実質的に被害を受ける周辺居住者も含まれる。

(三) 原告らは、本件建築物の建設によって、次のとおり個別具体的な利益の侵害を受ける。

(1) 日照権の侵害

冬至期における日照被害は、次のとおりである。

〈1〉 原告岩崎純子及び同岩崎博は、午前八時ころから約三時間。

〈2〉 原告早川セツ及び同伊藤洋子は、午前八時三〇分から午前一〇時三〇分までの約二時間。

〈3〉 原告須永智子は、午前一〇時から午前一〇時三〇分まで三〇分間。

〈4〉 原告相沢真司は、午後一時四九分から午後四時ころの日没までの約二時間。

(2) 公園利用の利益の侵害

本件建築物の北側に、桶川駅西口通り線を挟んで一・五ヘクタールの桶川駅西口公園が開設されている。同公園は桶川駅西口の中核となる都市施設として、都市計画法に基づく都市計画により昭和五七年一〇月初めから策定された公園であり、桶川市の市街化区域内にある唯一の都市公園である。同公園は、原告らを含む桶川市民が早朝から散歩する等して緑と太陽の恵みを享受しながら憩う場であり、とりわけパークタウン若宮に居住する原告らにとっては、貴重な環境資産である。ところが、本件建築物の建設によって同公園の日当たりが悪くなるばかりか、本件建築物及びその周辺建物によって生じるビル風の影響で埃の舞い上がりが激しくなり、また、本件建築物が超高層建物であるため威圧感と圧迫感を与えるとともに眺望と景観が害されるのであって、原告らの右公園を利用する権利は、右のとおり侵害されるものである。

その他、本件建築物により、原告らの利用する桶川駅西口地区において、その文化的環境が破壊されるほか、ビル風、交通渋滞、眺望阻害等の弊害が生じ、また、原告らの大多数を占める本件建築物の北側に位置するパークタウン若宮に居住する者については、本件建築物の窓から丸見えとなり、プライバシーの侵害を受ける。

以上のとおり、原告らはいずれも本件各処分の取消しを求める法律上の利益を有する。

2  争点2について

(一) 本件建築物は、法第五九条の二第一項及び令第一三一条の二に定める交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないという要件を欠く。

本件各処分がなされた当時、本件都市計画道路は事業決定されておらず、将来的な完成の目途もたたず、通行も不可能な状態であった。ところが、本件許可によれば、本件建築物の駐車場の出入口は本件都市計画道路に面して設置されたので、実際にこの道路が完成するまでの間、極めて長期間にわたり、交通安全、火災時の避難、消火活動等に支障が生じることは明らかである。なお、右駐車場は、本件建築物以外の建物と共同で使用されるにもかかわらず、本件建築物と他の建物の使用面積の分配すら明らかでなかったため、本件建築物の入居者に対して十分な数の駐車場を確保できるのかも不明であった。

次に、本件建築物は、その周辺地域に風害を生じさせる。公団は、本件許可の申請にあたり、いわゆるビル風による風害について風洞実験を行い、本件建築物の建設により生じる風環境はランク2に該当するので特に問題はない旨説明していた。しかし、右風洞実験に基づく環境評価には、左記のとおり重大な疑義がある。

(1) 公団は、平成四年六月六日には、周辺住民に対し、風洞実験の結果ランク3の風環境に該当する箇所があると説明しておきながら、同年九月二〇日、再度実験を行った結果ランク3に該当する箇所はなくなったと説明を変更したが、この間の経緯は不明であり、合理的な説明がなされていない。

(2) 風の性質は地域や地形による差が大きいので、風害の評価においてはこのような個別差について十分に検証する必要があるのに、右風洞実験においては、桶川市内のデータではなく大宮市内のそれを採用しているばかりでなく、大宮市と本件建築物周辺とを比較して風環境に差がないとする根拠を明らかにしないまま環境評価を行っている。

(3) 本件建築物建設に伴うビル風等の環境評価は、その性質上公正な第三者によって行われるべきであるのに、前記風洞実験を行ったのは、本件建築物の建築設計及び施工を担当し、右建設につき利害関係を有する前田建設工業株式会社であるから、前記環境評価は公正に行われたとはいえない。

(二) 本件建築物は、法第五九条の二第一項に定める市街地環境の整備改善に資するものであるという要件を欠く。

(1) 本件敷地は、当初、桶川駅西口地区の開発の一環として、公衆の利用できる都市施設等の用地として用いる予定であったのに、桶川駅西口地区開発事業に関する基本構想及び基本計画の一部の変更により、公団が実施する住宅及び商業・業務施設の建設用地として用いられることとなった。本件建築物は、右経緯により共同住宅として建設されることとなったものであるが、その利用は特定個人に限られ、一般市民の利便のための都市施設として使用することはできないのであるから、市街地環境の保全に資するとはいえない。

本件建築物は、そもそも総合設計の必要性がない地域に計画されたものであり、その周辺地域において、日照被害、風害、交通渋滞等の害を生じさせる。また、本件建築物の周辺は、桶川駅西口地区地区計画として、桶川市都市計画地区計画が決定されており、右地区計画によれば、健全な商業・業務地区としての育成と良好な環境を維持し美しい街作りを目標としており、土地利用の方針として、用途は商業地域とし良好な商業・業務地の育成に努めること、建築物の整備の方針として、用途の混在による環境悪化の防止を揚げている。

ところが、本件建築物は、商業・業務地区に大規模な賃貸住宅を建築するものであり、しかも各戸も小規模な規格のものを中心とするから、用途の混在により環境を悪化させるものである。しかも、本件建築物の外観も、周辺地域の街並みとは著しく調和を欠くものである。

六  被告の主張(争点1について)

1  法第五二条第一項に定める容積率による制限は、建築延べ面積の敷地面積に対する割合を制限することにより、道路、公園、上下水道等の都市施設の供給能力、処理能力との均衡を図り、もって市街地環境の悪化を防止することを主眼とした公益を目的としたものであり、近隣住民の個別具体的な権利を保護することを目的としたものではない。

また、法は個別に、〈1〉 日照については、法第五六条の二で直接規定しているほか、法第五五条、第五六条等に関連規定を設けており、〈2〉 採光については、法第二八条、令第一九条、第二〇条に具体的な規定を設け、〈3〉 防災については、法第三五条、第三六条、令第四、五章等に具体的規定を設けている。そうすると、これらの規定によって個人の日照、採光、防災等の具体的利益は十分保護されているから、法第五二条第一項及び第五九条の二が更に重ねてこれらの具体的保護を目的としていると解することはできない。

なお、通風、プライバシー、景観等の利益は、そもそも法が保護の対象としている利益ではなく、また、桶川駅西口公園を利用する利益は、原告ら固有の具体的権利ではなく、市民の一員として利用することができる反射的利益にすぎない。

2  法第五六条第一項に定める斜線制限は、道路、隣接地等の上空を地上から一定の角度で開放することによって、道路、隣接地等の日照、採光等の環境を確保することを目的としており、公共の利益を保護するものである。

仮に右規定が隣接地の住民の日照、採光等の確保等の個別具体的利益を保護しているとしても、隣接地以外に居住する者の日照、採光等の利益は、法第五六条の二によって既に保護されているので、法第五六条第一項による保護の対象にはならない。そして、原告らは、いずれも、本件敷地の隣接地に居住していないから、その日照、採光等の利益は同項によって保護されるものではない。そうすると、令第一三一条の二第二項は、法第五六条第四項に基づく斜線制限の規定の適用についての緩和に関する措置として定められたものであるから、原告らは、本件認定処分の取消しを求める法律上の利益を有しないものである。

3  また、仮に本件敷地の隣接地以外に居住する者の日照権が法第五六条第一項の保護の対象になるとしても、原告岩崎純子、同岩崎博、同早川セツ、同伊藤洋子、同須永智子、同相沢真司以外の原告らは、本件建築物の建設によってなんらの日照被害を受けず、また右原告岩崎らの被る日照阻害は、いずれも左記のとおり軽微であって、法の許容範囲内にあるから、行訴法第九条にいう法律上の利益に当たらない。

(一) 原告岩崎純子及び同岩崎博は、午前八時二二分から午前九時三二分、及び午後三時五六分から午後四時まで、合計一時間一四分間

(二) 原告早川セツ及び同伊藤洋子は、午前八時から午前八時二七分までの二七分間。

(三) 原告須永智子は、午前八時から午前八時二六分までの二六分間。

(四) 原告相沢真司は、午後二時五分から午後四時までの一時間五五分間。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  行政処分取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者、すなわち当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者に限り提起することができるところ、その主張する利益が右の法律上保護された利益に当たるのは、当該処分の根拠となる行政法規が、専ら公益の保護を目的とし不特定多数者の具体的利益を一般的公益の中に吸収解消させるにとどまらず、個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むものと解される場合である。

2  本件許可処分の取消しを求める訴えの利益について

法第五九条の二第一項が定めるいわゆる総合設計制度は、都市再開発法による再開発事業や特定街区制度等によって良好な都市環境を実現しようとすると、多数の権利者の協力を得る必要があるなど、実際には困難が伴うことが少なくないことから、一定規模以上の空地を有する建築物の計画については、特定行政庁の許可を要件として、容積率、斜線制限及び絶対的高さの制限を緩和することとしたものであって、その趣旨は、適切な規模の敷地における土地の有効利用を推進し、併せて敷地内に日常一般に解放された空地を確保させるとともに、良好な市街地住宅の供給の促進等良好な建築物の誘導を図り、もって市街地環境の整備改善に資することを目的とするものである。したがって、法第五九条の二第一項の規定そのものは、一般的公益の保護を目的とするものであると解される。それ故、右規定が特定行政庁が許可するについて、交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認められることを要件としているのも、主として自動車等の交通処理、火災時の避難、消火活動等の市街地環境の保全において支障がないことを意味しているのであって、住民の個別的利益を保護することまでも目的とする趣旨ではない。

もっとも、右規定による緩和の対象となる容積率等の制限を定める規定が一般的公益ばかりでなく、住民の個別的利益の保護を目的としていると解される場合には、法第五九条の二第一項によりその制限を緩和されることにより、引いて原則規定が保護する住民の個別的利益が侵害を受けることがあり得るから、このような場合には、当該住民は、法第五九条の二第一項による許可の取消しを求める訴えにつき、訴えの利益を有するものということができる。

そこで、容積率の制限を定める法第五二条につき検討すると、同条が定める容積率規制の目的は、建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合を土地利用の形態に応じて制限することによって、適当な都市空間を確保し市街地の過密化を避け、道路、公園、上下水道等の都市施設の供給・処理能力と市街地の高度利用の要請との均衡を図り、交通渋滞、水不足等の都市問題の発生を防ぐことにあると解される。そこで、右規制により都市空間が確保される結果、当該建築物の近隣に居住する者が日照、採光、通風等の利益を受けることが可能となるとしても、これらの利益はいずれも右公益の保護の結果として生じる反射的利益であるにとどまり、法第五二条により保護される個別的利益ということはできない。

そうすると、本件許可処分は、法第五二条による容積率を緩和するものであるから、原告らは、本件許可処分の取消しを求める訴えにつき、訴えの利益を有しないといわなければならない。

3  本件認定処分の取消しを求める訴えの利益について

(一) 斜線制限を定める法第五六条第一項第二号の規定の目的は、当該建築物の敷地に隣接する土地の上空を地上から一定の角度で開放することにより、近隣地の日照、採光及び通風を確保することにあると解され、したがって、当該建築物の近隣に居住する者の右のような個別的利益も右規定の保護の対象とされているものということができる。そうすると、第一三一条の二第二項は、令第一三五条の三第一項第三号と相まって法第五六条第一項第二号の制限を緩和するものであるから、当該建築物の近隣住民は、令第一三一条の二第二項による認定処分により、その日照を享受する利益が侵害される場合においては、右認定処分の取消しを求める訴えにつき、訴えの利益を有するものというべきである。もっとも、日照を享受する利益は、絶対的なものではなく、地域的状況、建物相互の関係等から、一定程度の侵害を相互に受忍しなければならない性質のものであるから、右認定処分の取消しの訴えにおいても、近隣住民は、その日照を享受する利益の侵害が受忍限度を越えるに至ったときに初めて右認定処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものというべきである。

(二) 証拠(甲第一号証、乙第一、第三、第四号証、第六号証の一ないし四、第八及び第九号証、証人大槻淳一の証言、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告岩崎純子、同岩崎博、同早川セツ、同伊藤洋子及び同須永智子の居宅は、いずれも公団住宅パークタウン若宮内にあって、本件建築物から一五〇メートル以上離れた位置にある。原告相沢真司の居宅は、本件建築物の北東側にあり、本件建築物から五十数メートルに位置している。なお同原告の居宅は、住居地域に存在するが、商業地域に隣接している。

(2) 原告岩崎純子及び同岩崎博の居宅の南側一階ベランダの中間点において、本件建築物の建設前に日影が生じた時間は、冬至において午後三時五六分から午後四時までの四分間であったが、本件建築物の建設後の冬至におけるそれは午前八時二二分から午前九時三二分までの一時間一〇分及び午後三時五六分から午後四時までの四分間の合計一時間一四分である。したがって、右地点において本件建築物の影響により日影が生じるのは、午前八時二二分から午前九時三二分までの一時間一〇分である。

(3) 原告早川セツ及び同伊藤洋子の居宅のベランダの中間点において、本件建築物の建設前に日影が生じる時間は冬至においてもなかったが、本件建築物の建設後の冬至におけるそれは午前八時から午前八時二七分までの二七分間である。

(4) 原告須永智子の居宅のベランダの中間点において、本件建築物の建設前に日影が生じる時間は冬至においてもなかったが、本件建築物の建設後の冬至におけるそれは午前八時から午前八時二六分までの二六分間である。

(5) 原告相沢真司の居宅の南西側の中間点(地盤面)において、本件建築物の建設前に日影が生じる時間は冬至においてもなかったが、本件建築物の建設後の冬至におけるそれは午後二時五分から午後四時までの一時間五五分である。

(6) 右(2)ないし(5)のいずれの地点においても、夏至には、本件建築物により日影が生じる時間は全くない。

(三) 前記争いのない事実及び右認定の事実によれば、原告岩崎純子、同岩崎博、同早川セツ、同伊藤洋子及び同須永智子が本件建築物の建設によって日照及び採光が阻害される時間は僅かであり、原告相沢真司については、冬至において午前八時から午後二時五分まで六時間五分の間日照及び採光が確保されているのみならず、夏至において本件建築物により日照及び採光の阻害を受けることがなく、また、本件建築物は商業地域に位置し、原告相沢真司の居宅も住宅地域内にあるものの、右商業地域に隣接しているから、これら事実に基づけば、右原告岩崎純子ら六名が本件建築物の建築によって被る日照及び採光の阻害の程度は、まだ受忍限度内であるというべきである。したがって、右原告らは、本件認定処分によりその法律上の利益の侵害を受けるものと認めることはできない。

なお、右原告岩崎純子ら六名以外の原告らは、そもそも本件建築物によって日照及び採光の被害を被る旨の主張をしていないものである。

4  原告らは、以上のほかに、本件建築物により公園利用権の侵害、文化的環境の破壊、ビル風の発生、交通渋滞、眺望阻害及びプライバシーの侵害が生ずるから、その法律上の利益が侵害されたと主張する。しかしながら、公園や道路を利用する利益は、公物が一般公衆の用に供されていることによる反射的利益であり、また、原告らが主張するような文化的環境、風環境、眺望に関する利益は、地域住民に共通な一般的利益の域をでないから、これらの侵害を受けたことを理由として、原告らが本件各処分の取消しを求める訴えにつき法律上の利益を有すると解することはできない。なお、本件建築物とパークタウン若宮との前記のような距離に照らすと、パークタウン若宮に居住する原告らのプライバシーが本件建築物によって侵害されるものと認めることはできない。

二  よって、原告らの本訴は、いずれも原告適格を欠く不適法なものであるから、その余の点を判断するまでもなく、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

本件各処分の申請建築物

敷地の地名地番   埼玉県桶川市若宮一丁目九九番地一

敷地面積      三七八五・三二平方メートル

建築面積      一五一五・四九平方メートル

延べ面積      一万九七四四・二九平方メートル

構造の概要     鉄筋コンクリート造 地上二五階建

主要用途      共同住宅

用途地域      商業地域

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